城下町の泊まり処三重県伊賀市上野中町3030 |
この作品はリノベーションである。城下町の中心に位置する古くから通りに面し、商店街として栄えた場所にある。周囲は、現在も営業している老舗などの古い建物が4棟連なり、伊賀上野の「忍者」というキーワードを活かすうえで、これらの日本の伝統的な面影を感じさせる街並みの形成は重要で、空き家となっていたこの建物の外観を損なわずに維持していくことが求められている。 この作品では、古い商家建築であった母屋、土蔵、醸造上屋と推定される上屋の3つの分棟の活用が図られた。中心市街地の中央部に敷地が位置しており、周囲には中層の集合住宅もあり、木塀でそれぞれを分割していくことは、お互いの視線の遮断、家並みと空の切り取りなど、非日常性を生む大切な要素となっている。 土蔵と醸造上屋は、木塀の開閉により2つの建物を縁側の延長によって一体化が仕掛けられており宿泊する人によって、空間そのものの大きさが変化する可変性のアイデアが興味深い。加えて、醸造上屋の少し大きな1室空間内に、内部空間である客室と中間領域としての中庭、木塀に囲まれた外部の庭を配置し、さらに、客室空間の床を一段下げることにより、3つの空間を感じられる工夫は素晴らしいものであった。 既存の構造体に手を加えないよう改修しているため難しいことは理解できるが、段差が非常に多いのが気になる。建物の利用者が「慣れ」ていない非日常の空間として活用するとき、安全性にどのように配慮するかは、このようなリノベーションに際しての課題である。 木塀をはじめこの改修には多くの木材が使われている。木材は、経年変化を感じる材でもある。特に屋外に面する部分の木部の経年を良さとしていくために、維持補修の手間をかけ続けていくことが、この建築の成否のカギとなってくるのではないだろうか。 (櫻木 耕史) |
各客室は、規模や階層の異なる宿泊室に庭を巧みに配して、外からは閉じて、内からは庭へ視線が抜けて解放感が得られる空間構成で、独立した3棟の離れを形成して、新旧の内装仕上げが相互に引き立つ魅力あるインテリアづくりに挑んでいる。 客室1、2では、リビングと寝室が上下階に分かれるため、ラッゲージの荷解きと保管場所が悩ましい問題で、キャリーバッグによる内装への損傷注意など、チェックイン時に丁寧な説明が必要である。 客室2、3では、2棟の客室同士を濡れ縁の渡り廊下で繋ぎ、一体利用することができる。庭の風景を愉しむ「視点場」が増えて、空間の魅力が倍化するのがいい。 客室3は、醸造室だった大きな屋根の架構の下に、コの字の宿泊室を配し、そこに屋根を二重に葺いて「入れ子構造」をつくっている。中央に屋根のかかった内庭をつくり、苔むした石庭となって前面の外庭と対比させる構成となり、その成否が今後問われます。 既存の町家のファサードをそのまま残して町の景観づくりにつなげながら、官民一体で取り組む空き家対策として展開する事業が、隠れ家的なホテルの提供だけでは、目指すべき近隣コミュニティとのつながり強化や町おこし(活性化)への明確なプログラムが見えてこない。地域とのつながりをつくるスタートアップ事業者を募って、伴走する支援システムと一緒に関係性をつくらないと、フロント部の店舗部分は、いつまでも「開かずの間」になるのではないかと懸念される。 宿泊客が、宿泊中の余暇の楽しみ方として、当館ではどんなことができるのか、何と出会えるのか。そこには、街の魅力を伝え、地域が取り組む課題を共有してもらい、町おこしの支援・応援など、関わりをつくるための仕組みが、働かないといけないのではないか。 木材の積極的な利用は、脱炭素への取組と繋がるが、木の経年変化を考え、建材としての木材のライフサイクルを少しでも伸ばして、同じ建物まわりで、再利用や再生させる仕組みを今後の維持管理プログラムに反映させて欲しいと感じた。 (山本 和典) |
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