歳吉屋-BYAKU Narai-

長野県塩尻市奈良井551
 旧中山道奈良井宿の築200年の造り酒屋をリノベーションしたゲストハウスである。街道沿いに面する間口6間の母家と、その奥にある2つの家財蔵と味噌蔵が2012年から空き家となっていたものを改造したという。
 母家棟をフロントと客室5部屋に、離れ客室棟、そして家財蔵を蔵客室棟として2部屋に改造している。これらはそれぞれ独立した客室であり、専用のアプローチ、専用の庭と専用の露天風呂が設けられている。
 この改造のなかで、一つは造りすぎず生かしていること、もう一つは古建築の痕跡を見せていることが特徴であり、改造の考え方として評価したいところである。
 建具や欄間など使えるものはすべて使おうという考え方である。不用な天井、不用な鉄板は剥がして、ありのままの素肌を見せている。荒々しいまでの土壁をそのまま見せて、また貫の存在もそのままあらわに見せている。
 腐朽した床は新しく造っているが、フローリングに麻を貼り、漆を塗って仕上げるという独特の仕様である。昔からその場にあったような床仕上げとなっている。 古建築の痕跡を見せるとは、ただ古いということを理解させるだけでなく、建築の履歴を感じさせる仕様になっているということである。
 これらのことが日本の伝統的な建築を随所に感じとれるものとなっており、そして伝統文化を満喫できる空間に仕上がっているといえる。 (塩見 寛)
 使われなくなって久しい造り酒屋がリノベされて魅力的なホテルに生まれ変わった。造り酒屋ならではのつくりを極力残しながらホテルという新しい空間に変えた設計者の技量が素晴らしい。
もともと持っていた高いポテンシャルを活かすのがリノベの醍醐味である。しかしながら言うはやすしでつい表層的な表現になったり過剰な装飾が入ったりしやすい。ここでは抑制された中に新しい感性が盛り込まれ古くて新しいリノベならではの空間が生みだされている。
 客室はほぼ予約一杯の状況、決して安い料金設定ではないが利用者の満足度は高いという。日本でも最近伝統建築をリノベしたホテルが作られるようになってきた。日本の木造建築の良さが見直されストックとして再利用されるようになったのは望ましいことだ。高度成長期に作られた建築が建て替えられていく中で中山道の古い町並みがほぼ完全に近い形で残る奈良井宿は稀有な存在だ。その街道に面している造り酒屋の店構えはそのまま手を加えずつかわれているから注意しないと通り過ぎてしまう。ここではあくまで外観はそのままで内部に一工夫手を入れるのが設計者のテーマだ。ホテルに求められる非日常体験と癒し。そのテーマを与えられた既存建物を使いどう実現するかが問われる。設計者は細部に至るまで読み取り使われていた仕上げ材なども再利用している。地域の伝統技術や新しい漆塗りの手法なども生かしつつ節度ある仕上がりに収めている。断熱や構造補強、防火化対策などむつかしいテーマもそつなくこなされている。設計者の力とその要請に応えた職人さんたちの技量は素晴らしい。すべてがうまくいって初めて生み出された建築だ。
 日本でこうした建築が増えていくことが望まれる中その先導役となるつくりとなっていると感じられた。ここを訪れる多くの人の心に刻まれるこの建物はこの街とともにきっと末永く引き継がれていく。 (藤𠮷 洋司)
主要用途 宿・レストラン・バー・温浴施設
構  造
木造
階  数 地上2階
敷地面積
840.61㎡(母屋敷地)
975.76(酒造敷地)
建築面積
399.05㎡(母屋敷地)
619.32(酒造敷地)
延床面積
538.16㎡(母屋敷地)
644.55(酒造敷地)
建築主 株式会社ソルトターミナル
一般社団法人 塩尻市森林公社
設計者 竹中工務店東京
一級建築士事務所
施工者 北信土建 株式会社

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