nagono no mise所在地 :愛知県名古屋市 |
那古野は名古屋城下の旧街道沿いの一画で、今も戦前の街並が残るところである。名古屋駅にも近いのに、周辺の高層建築に囲まれた街区内はポッカリと取り残された感がある。昭和の賑わいを彷彿とさせる円頓寺商店街の周辺には、空き家や空き地がめだっていたのだが、近頃古い町家や蔵を改修したカフェやレストランが現れ、街を散策する人が増えて少しずつ活きを取り戻しつつある。 暮らしの本体を「クラ」とし、そのファサードに加えられた「ミセ」。立地条件をメリットとして、この場所に住むことを熟慮した構成をもっている。 隣接する古い町家は平入で格子戸をもっているが、この住宅は妻面を通りに向ける。奥の「クラ」は断熱性能や耐火性能をもった木造で、外皮は空や街を反射する堅いガルバリウム鋼板によって覆われているが、手前には「クラ」と同じ急勾配の切妻の形をビニールハウスとした「ミセ」が通りに対してヒューマンスケールでやわらかい輪郭を示している。一次審査時に正面写真から通りへの違和感を指摘する声もあったが、その懸念は不要であった。大人の目線より低くあけられた正面の木戸からは「ミセ」の床の石積がちらりとみえる。開いているが覗けない。中の気配だけを感じる仕組みである。けっして介入されない繋がりと、さりげない暮らしのはみ出しを取り持つ装置としての「ミセ」である。 「クラ」へは側面から奥に進んで、意識的に低く抑えられた引き戸をくぐって入る。墨モルタルの床、木構造、黒皮鉄、木毛セメント板といった素朴なマテリアルでできており、町家の地型のまま、スケールが変化するトンネル状のワンルームである。通りから裏庭へ、初秋の風がとおりぬけてゆく。施主があつめたアートコレクションが飾られ、ギャラリーのようである。オープンなバスタブもオブジェのようにみたてられる。「生活感がないでしょう?」と施主が笑って話しておられたが、どうして。最小限のモノはすべて施主の記憶や時間とともにあり、「クラ」は息づいていた。 現代の町家の有り様として、独創的であるとともに都市生活の快適さを確保し、生活の器としての美しさをもつ住宅である。 | ||||||||||||||||||
(加茂 紀和子) | ||||||||||||||||||
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