審査総評
 今年から伝統ある「中部建築賞」の審査員長を務めることになりました。
 私は東京に住まいも仕事場もあります。ですから、中部圏域に建てられた建築の審査に関わることが、相応しいかどうか迷いました。しかし、私は過去にこの中部圏域で、建築をいくつか完成させています。富山県、石川県、長野県、静岡県、愛知県、三重県の各地です。そしてこれらの「地域」から多くのことを学んできました。
 それはそれぞれの「地域」の、他にないかけがいのない「固有性」です。一般的には「風土」と呼ばれるものです。地形の違いや季節変化により異なる「自然環境」。その土地の歴史文化の中で育まれてきた「生活習慣」や「行動様式」。そしてそこに暮らす人々の「思考」や「感性」などです。大地に強く縛り付けられることを余儀なくされる建築は、常にその「地域」の「固有性」と、どのように関わるべきかが、建築を計画する際の大きなテーマとなります。
 現在のグローバル経済、インターネット社会は、「地域」を越え、「国家」を越え、様々な価値の度量衡を平準化し、地域の「固有性」を奪いつつあります。あたかも世界中を共通する価値観で塗りつぶすかのように…。建築の世界で考えてみましょう。もちろん新しい技術や材料の開発など、「普遍的価値」を積極的に導入し、建築の質を高めていくことは重要です。しかし、建築の価値づけは、人間の「身体感覚」を無視しては、なりたちません。建築はその内外で、人間が立ち居振る舞う器(うつわ)なのですから。そして、この「身体感覚」は「地域風土」と強く結びついた「固有の価値」につながっていることを忘れてはなりません。空高く舞い上がり、地域を俯瞰する鳥の視点と、地上を歩き回り、周辺環境を丁寧に観察する虫の視点とを、同時に働かせる必要があります。さらに、人間の肌触りを感じる家族や、地域コミュニティへのつながりを重視する視点も大切です。
 私は「中部建築賞」は「国家」や「国際」といった大きな枠組みより、人間の身の回りの環境である「地域」を重視した建築を、優先的に取り上げてきたものと理解しています。「景観10年、風景100年、風土1000年」という言葉はランドスケープデザインの分野の人々からよく聞きます。
 今回、入賞、入選した建築はどれも、それが建つ「地域」に相応しい建築です。これらの建築が、「地域風土」に同化し、地域の人々に愛され続ける建築であって欲しいと願っています。最後に「中部建築賞」という意義ある褒賞制度を48年の永きにわたって続けられてきた関係者の皆さんに心からの敬意を表したいと考えています。 
(栗生 明)

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