所在地 :三重県多気郡多気町相鹿瀬615 |
伊勢の清流、宮川沿いに建つ懐石・会席料理の店である。車でアプローチすると、広々とした田園風景を前景に、大きな茅葺き屋根が忽然と現れる。なだらかな山々の稜線と調和した、ふっくらとした茅葺屋根の佇まいは、日本の「里の原風景」そのものである。ふところの深い茅葺屋根の内部に一歩足を踏み込み、前面にひろがる景色が目に飛び込んできた時、息を呑んだ。 「絶景」とはこういう景色を言うのだろう。S字形に蛇行した川の流れは、右手の上流から前面の山裾の手前を巡って、左手の下流へと、奥行きをもって一望できるのだ。濃淡の灰色で折り重なる山々の稜線。神宮の「お白石持ち行事」に使われるという白石に埋め尽くされた川岸。流れの中に屹立する黒々とした岩礁。降り頻る雨の中で、川面に霧が立ち、一幅の水墨画を見ているようで時間を忘れる。 オーナーの40年にわたる念願と、建築家の執念が「この地、この場所でしか成り立ち得ない風景」を創造した。周辺の田畑や茶畑を残すために広大な敷地を手に入れ、見晴らしのために前面の樹林を伐採し、視点の高さ調整のために土を盛り、インフラを整備するのに、膨大な時間と手間と費用をかけた。一階、中二階客席のどこからでもこの絶景を享受できる最適な配置と、空間演出を計算してのことである。 大きな小屋裏空間の中でスキップフロアーを採用することで、効率的に空間を組み上げている。この際、前面の茅葺の庇部分を大胆に切り取ることで、中二階においても風景を見事に取り込む一方で、小屋裏を自然光により明るく見せている建築的アイディアも見逃せない。大きな茅葺屋根を支える、梁組みの曲がった木の調達、小屋組みの構造的工夫、仕口継手、釿(ちょうな)を使った仕上げなど、古より伝わる木造建築の技術や工夫が随所にみられる。 日本の伝統技術継承のシンボルともいえる伊勢の地に相応しい建築と言って良いだろう。 |
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(栗生 明) | ||||||||||||||||||||
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