所在地 :三重県伊勢市宇治今在家町東賀集楽34 |
伊勢、神宮内宮に向かっておはらい町の参道が続く。昔から参拝客が絶えることのない、もてなしの町並み。その先、宇治橋まであと少しというところの左手、五十鈴川との間をつなぐように、この茶屋が建っている。 地域の様式に従う妻入りの外観。一見して気がつくのは、周辺の建物よりも高さが一段低く抑えられていることだ。実は、あたりの建物の多くは町並み復興の機運に乗って新しくに建てた「擬態」なのだ。現代の設計者はどうしても近代風の「ドミノ型」の空間構成しか思いつかないらしい。一階、二階と空間を積み重ね、その上に切妻形を載っけてしまう。だから軒高が過剰に上がる。妻入りの場合、なんとなくおでこの広い、少々間の抜けた顔つきになる。この姿を批判しつつ、作者は「かつて街道に面した高さは決まっており、およそ14〜15尺(約4.2〜4.5m)を軒高としていた」と言う。だとすると1mほども高過ぎることになる。 世古(三重の言葉で「路地」のこと)沿いに延びる土間を奥へと進むと、吹き抜けになった客席に出る。桟敷席のように段々になって、奥の大きなガラス窓を透かして、五十鈴川の川面と対岸の山並みへと視線が通る。世古の向こう側にある小さな飛び地は「川床」になり、こっちへ来いと客を誘う。 ここで思い起こされるのは、富嶽三十六景「富士見茶屋」だ。僕はこの連作を風景へと向かう「座としての建築」のあり方と感性の宝庫であると思っている。風景を愛でる空間をしつらえ、風のなかに身をさらす。今そこに生きていることの快感を造形する建築・・・。 これは、伝統、なのだろうか? 今でも私たちの感性のなかに確かに生きつづけているなら、そう堂々と言ってもいいだろう。しかし残念ながら違う。私たちが無意識のうちに牢固として守っているのは、むしろドミノ型の空間構成のほうだ。だからこそ、この作品が新鮮に革新的に映る。だが、果たしてそれでいいのだろうか? |
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(富岡義人) |
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