所在地 : 三重県尾鷲市大字向井字村島12-4 |
尾鷲港を見下ろす棚田の中程に、寄せ木細工のような箱がふたつ、深い軒を突き出しながらたたずんでいる。 まず地場産の流通規格の檜材を使う。断面はすべて135角。側面にホール・ソーで円形の溝を掘り、ステンレスパイプの「込栓」を打ち込みながら束ね、中央をボルトで締め上げる。こうして長尺一体の壁パネルや組立梁が出来上がる。これらの部材を現場に搬入し、土間コンクリートの上に建て込んでいく。単純明快な構法。妙に細やかなクラフトマンシップにも、最先端のエンジニアリング・ウッドの技術にも流されず、明瞭実直な解答が目指された結果である。 しかし、ここまでは形をつくり出す技術の話。 建物の形はきわめて単純。箱状の大空間がすっかりあらわになるような内観である。だがそのことによって、漂う檜の香りが質感の主役となって現れる。表と裏で高さの異なる軒下が、それぞれの庭のスケール感にぴったりと合い、建物を敷地にしっかりと緊結する。梁先端の持ち送り材のずれが、空間の方向を強く表現する。 しかし、ここまでは形がつくり出す体験上の効果の話。 この作品を巡って呼び起こされるのは、忘れてしまった記憶、日常見過ごしている伝統、といったものである。長い階段を登ってようやくたどり着いた神社の境内から見返した街の景色、並列社殿とそれらをつなぐ透廊、方丈の広縁で眺めた石庭の世界観、下見板張りの民家と白い漆喰塗りの蔵の色彩構成、舟肘木の列が軒下につくり出す陰影、街道筋の町家の格子縞・・。 決して直接的に示唆されているわけではない。むしろ伝統と現代の隙間が意図して残されたデザインであると思う。だからこそ見る者に読解の愉しみが与えられる。自らの想像力で推理し、完成させることのできる解釈の愉しみである。 技術が形を生み、それが体験を生み、それが記憶と解釈を呼び起こす。そうした建築芸術のあり方を、実直と抑制を通じて実現した作品である。 |
|||||||||||||||||||||
( 富岡 義人 ) | |||||||||||||||||||||
|
|