![]() 所在地 石川県河北郡宇ノ気町字内日角地内 |
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ギリシャのアクロポリスの丘にはパルテノン神殿がそそり立つが、石川県の宇ノ気町の哲学の里にはこの哲学館がそそり立っている。パルテノン神殿は女神アテナをまつる神殿で、飽くなき美の探求の賜である。一方この哲学館は日本を代表する哲学者の一人、西田幾多郎を記念するもので、哲学的空間であらねばならない。大きなコンクリートのマッスを見るにつけ、未来永劫その形を持続し、人々に西田の精神を伝え続けるものであってほしい、そんな建築家の願いが込められているような気がする。ひとたびこの建物に入るとキーンと張りつめたものを感じる。哲学の世界を体験するためにシンプルにしていると言うことであるが、シンプルに見せるための並々ならぬ努力がうかがえる。壁のコンクリートの打ち放しはあくまで平らである。そこに穿たれた開口は寸分の狂いも許されない。床にはめ込まれた御影石は長く続く左右の壁の間に狂うことなく納まっている。完全を追求する精神を目の当たりにする思いである。 この建物にはいくつもの思索の空間が設けられている。「瞑想の空間」はその一つである。ホールへの導入部であるホワイエには逆円錐台形のコンクリート壁面が立ちあがり、階段がその壁面の外側に取り付いている。その内側が瞑想の空間と言われ、上部に円形のトップライトが設けられ、時間とともにその光と陰を変化させる。「空の広場」は、建物平面の一番奥まった地下に設けられた露天の広場である。空とコンクリートの正方形の壁以外には何もない空間と言うことである。ただ床面はもっと空(カラ)であって欲しかった。空(カラ)を覆い込む空(ソラ)は他に何も見えない無であって欲しかった。妥協は許されていないはずなのにと思うのである。メインアプローチとしての「思索の道」は、京都の哲学の道になぞらえているとのこと。秋には萩が咲きそろい、そこを散策しながら思索するところである。「展望ラウンジ」は日本海に沈む夕日を眺めるところである。西田哲学の落日拝の思想を学ぶところと言うことであるが知る人ぞ知るところか。 ( 松 本 直 司
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