福井県立一乗谷朝倉氏遺跡博物館

福井県福井市安波賀中島町8-10
 朝倉氏が戦国時代一瞬栄華を極めた一乗谷。最盛期には一万人の人口を抱え商業で栄えたというはなしだが織田信長に焼き払われ今は跡形もない。そんな夢の跡が近年見直され地域おこしの拠点の一つに期待されている.
 地方都市は人口減と高齢化が進み活力が低下しているがここ福井では近く新幹線が開通し観光客が増えさらに産業の活性化も期待されている。そんな中ここ一乗谷の遺跡と朝倉氏の栄華を今に紹介し観光の柱の一つに育てたいという思いがこの博物館に込められている。
 発掘や時代考証など地道な努力が実り素晴らしい博物館が完成した。プロポーザルコンペで選ばれた計画はその意図を生かすべく並々ならぬ努力が積み重ねられ発注者の期待に応えた建築に仕上がっている。そのエネルギーが十分伝わってくる。外観の形、仕上げや開口部などのディテール、とかく大味になりがちな規模の建物であるがそういう印象が感じられない。 一乗谷は両側を山に挟まれた山間部、その入り口にある船着き場などに利用された比較的広い場所が敷地となっているが大きな建築を配置し十分な駐車場を確保するにはタイトだ。そんな条件のなか表の道路と駐車場を外部通路でつなぎ導入しやすくしたなど利用者に気持ちよく楽しんでもらいたいというきめ細かい配慮が行き届いている。
 工事が始まって発掘された石張りの船着き場の遺構が展示に組み込まれた。後付けながらそういう感じは受けなかった。写真では薄暗くなぜこういう仕掛けなのかよく理解できなかったが遺構の神秘性を引き出しタイムスリップして当時の雰囲気を想起させるための仕掛けだと理解した。
 規模の大きさをいくつかの切妻屋根が連続するデザインにしたことで谷のスケールと違和感のないようにしたのかと感じた。
内部にしつらえられた豪華な屋敷の再現展示が見せ場の一つである。これほどの建物がこの山間部にあったのかと疑いたくなるようなまるで別世界である。ここに関わった人たちの熱い思いがひしひしと伝わってきた。
 優秀な設計者はもとより工事関係者の熱い思い、一番情熱を注いだ博物館の関係者。そんな人たちが力を合わせこの博物館を完成させたのだ。これだけの施設、広く認知され多くの人たちに訪れてもらえることを願ってやまない。また地域の子どもたちの学習の場としても活用されることを期待したい。
(藤𠮷 洋司)
  遺跡から2キロも離れた場所で、遺跡から出土された遺物と原寸復元された朝倉館を展示するというとりつきにくいプログラムに加え、計画中に石敷遺構が発掘されるというハプニングに見舞われたにも関わらず、2階以上の構造形式を変化させることで一つの建物に上手く統合した設計者の手腕はさすがである。博物館の性格上、難しいであろうが、その構造の特性がインテリアにも表れてくると、さらに見ごたえのある建築になったのではないかと思われる。
 とはいえ、朝倉館原寸再現室は、木ルーバーの水平天井面を設け、棟のトップライトとの間に十分な空間を確保することで柔らかな光を内部に取り込んでおり、さらに、赤身・原平・白太・板目の度合いが均等になるようにコントロールされた小幅の県産杉材が、壁と天井を覆うことで、杉材の肌理が繊細に表現され、再現建物と相まって魅力的なインテリアに仕上がっている。また、夕景には、ガラスカーテンウォール越しに再現建物が浮かび上がるように照明計画され、当時栄華を極めた建造物の儚さが上手く演出されている。
 また、楕円形のエレベーターコアから直接張り出したRC造の階段に対し、鉄骨の手すりが直付けされるディテールに代表されるように、設計者と施工者の連携が生み出す施工技術と施工精度の高さが随所で見て取れた。 (横山 天心)
主要用途 博物館
構  造
鉄筋コンクリート造・鉄骨造 混構造
階  数 地上2階、地下1階
敷地面積
5,285.72㎡
建築面積
2,889.31㎡
延床面積
5,281.75㎡
建築主 福井県
設計者 内藤廣・センボー設計共同体 有限会社金箱構造設計事務所 株式会社森村設計
施工者 見谷組・永和住宅・石田建設工業 特定建設工事共同企業体
詳細は応募者のホームページを
ご覧ください。

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