所在地 : 三重県員弁郡東員町
 のびやかな田園地帯、約22m角の敷地に建つ住宅である。建物は正八角形の幾何学に厳格に従い、住宅母屋と仕事場であるアトリエが、中庭を囲んで向かいあうように配されている。道路との間は八角形の一辺をなす壁で区切られているが、適度な開放感が保たれ、中庭の閉塞感はまったくない。
 いささか窮屈に回り込みながら玄関をくぐると、八角形の屈曲に従って居間、食堂といった生活の各場面が現れていく。ベンチ、縁側、調理台などのしつらえは、ただひたすら中庭へと視線を送るように配されている。空間の輪郭もその視線を遮ることなく適度なスケールで画面を切り取る。こうして、あらゆる視線が、常に中心たる中庭で出会う。
 このたたずまいは、地域の庶民的農家を思い起こさせる。主屋と作業場が作業庭を挟んで直角に向かい合う構成。通りとの間には生垣や築地塀や長屋門が沿う。生活のため仕事のための庭であり、かつ家庭の中心である庭。田舎の道すがら、こうした家並みを歩いていると、ときとしてすっと引き込まれそうな印象に捕われることがある。
 この作品にも同じ空間的特質がある。幾何学の厳格さは、設計者のこだわりか構造の斉合性のためのものに過ぎない。それを守ることに固執せず、裏切るほどに使い切ったならば、この作品の空間的主張は、もっと明瞭に実現されたことだろう。
 地場の木材を使う、伝統構法を勉強しなおし、職人さんの手仕事の出番をつくる。こうした努力が、住宅の地域性の復興・高揚に不可欠であることは論を俟たない。しかしそれが本物となるのは、こうした対象物に向かいがちな設計者の意識が、顧みられずとも生き残ってきた地域の空間に向けられて、その本質を新たな形に結晶させたときなのではなかろうか。
 この作品が、地域にふさわしい空間表現に到達した第一歩として輝くことになるか。それが、この地域の設計者たちの力量として、今後試されていくこととなるだろう。
( 富岡 義人 )
主要用途 専用住宅
構  造
木造
階  数 地上1階
敷地面積 531.64 u
建築面積
157.07 u
延床面積
110.63 u
設計者 I設計室
施工者 有限会社 大幸建築

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